1974年、藤倉コンポジット(当時・藤倉ゴム工業)が原町工場に、わずか5人のカーボンシャフト部門を立ち上げました。やがて生まれた「SPEEDER」はリシャフトという文化を広げ、SPEEDER・VENTUSは、いま世界のツアーで数多くのプロが手にするシャフトへ。その一本一本は、南相馬の地で巻かれてきました。
製造拠点の小高工場は2010年10月に竣工。しかし、わずか半年後の2011年3月、東日本大震災で被災します。翌日には原発事故で立入禁止区域に。それでも機械を約1カ月で原町工場へ移し、震災から2カ月足らずで生産を再開しました。建物は約29億円をかけて改修され、13年7カ月を経た2024年10月、小高工場はふたたび動き出します。原料の裁断・巻き・硬化・研磨・塗装・検査まで、いま再び南相馬の地で。ここが、フジクラシャフトの聖地です。
震災当時、工場で働いていた工場長は、こう振り返ります。「ここにはもう戻れないだろうなって覚悟しました」——それでも工場は13年7カ月の時を経て2024年10月にふたたび動き出し、いまは約100人が、この地でシャフトを巻いています。
















